「ディズニーランドは永遠に完成しない。この世界に想像力が残っている限り、成長し続ける」。ウォルト・ディズニーが残した言葉である。千葉県船橋市の南船橋にも、この言葉を思い起こさせる街がある。三井不動産が長年にわたり関わり、時代に合わせて土地の役割を更新してきた街だ。
その歴史は1955年開業の「船橋ヘルスセンター」にさかのぼる。天然温泉を中心に遊園地、プール、劇場などを備えた総合レジャー施設として発展したが、1977年に閉園。その跡地には1981年、「ららぽーと船橋ショッピングセンター」が誕生した。余暇を楽しむ場所から、買い物を楽しむ場所への大きな転換だった。
南船橋の歴史は、その後も用途転換を繰り返す。1993年には屋内人工スキー場「ららぽーとスキードームSSAWS(ザウス)」が開業したものの、2002年に閉鎖。跡地には2006年、日本第1号店となるIKEA船橋(現IKEA Tokyo-Bay)が進出した。
かつての船橋オートレース場も2016年に閉鎖され、その跡地は三井不動産の物流施設「MFLP船橋」の一部へと転換された。2016年から2021年にかけて3棟が整備され、総延床面積約70万㎡の物流拠点が形成されている。周辺には屋内アイススケートリンクや公園も整備された。商業集積地でありながら、物流という産業機能も併せ持つ街になったのである。
さらに2023年、南船橋駅前に「ららテラスTOKYO-BAY」が開業した。スーパーマーケットなどを備え、周辺住民の日常生活を支える商業施設だ。2024年には三井不動産とMIXIが共同で開発した、約1万人収容の「LaLa arena TOKYO-BAY」が開業。千葉ジェッツのホームアリーナとなり、音楽コンサートなども開催されている。
ららぽーとTOKYO-BAYも北館の建て替えを進め、2025年10月には北館Ⅰ期が開業した。隣接するビビット南船橋も「ららぽーとTOKYO-BAY North Gate」に名称を変更し、施設として統合された。南船橋の商業集積は現在も更新が続いている。
こうして振り返ると、南船橋は一度描いた完成形に向かって整備されてきた街ではない。レジャー、商業、物流、居住、スポーツ、興行と、その時代に求められる機能を重ね、ときには入れ替えてきた街である。
IKEA Tokyo-Bayは家具・生活提案という独自の目的を持ち、船橋競馬場も公営競技という固有の集客機能を担う。すべての施設を三井不動産が直接運営する必要はない。重要なのは、異なる来訪目的を持つ施設が共存し、街全体として人を引き付けることである。
ここで思い起こされるのが、東京ディズニーランドの総合プロデューサーを務めた堀貞一郎氏の著書『人を集める』(1987年)だ。堀氏は、人々に行ってみたいと思わせることを、企業や都市にとって重要な課題として捉えた。
人が集まる場所をつくる。そして、何度でも訪れたくなる理由を生み出す。その発想は、現在の三井不動産の経営戦略とも重なる。
大きな転機となったのが東京ドームのグループ化だ。三井不動産は2021年、読売新聞グループ本社との共同出資体制を構築し、スポーツ・エンターテインメント事業への関与を深めた。2024年には「商業施設本部」を「商業施設・スポーツ・エンターテインメント本部」に改称。商業施設と興行施設を一体的に捉える体制を整えた。
その効果は南船橋にも表れている。三井不動産の2026年統合報告書によると、LaLa arena TOKYO-BAYのイベント開催日には、隣接するららぽーとTOKYO-BAYの来館者数が前年同日比で140%程度まで増加した実績がある。アリーナで開催する興行が、商業施設の集客にもつながっている。
そして三井不動産は、興行施設の開発・運営にとどまらず、コンテンツそのものの創出にも踏み込んでいる。2025年には東京ドーム、Y&N Brothersと共同で、秋元康氏が総合プロデュースする男性アーティストグループの創出を発表した。専用劇場での定期公演や全国の商業施設でのイベントを通じて、ファンとの接点をつくる構想だ。
これは不動産会社の事業領域の変化を示している。従来の商業施設は、魅力的なテナントを誘致し、商品やサービスを通じて顧客を集めてきた。そこにアリーナの興行や独自コンテンツが加われば、不動産会社自身が来訪の理由をつくり、その集客を商業施設の消費へと結び付けることができる。
三井不動産と読売新聞グループの提携は、東京ドームだけでなく、スポーツ・エンターテインメントのノウハウを都市開発へ活用する可能性を広げた。一方で、南船橋のアリーナはMIXIとの共同事業であり、個々の施設は異なる事業者との協業によって成立している。すべてが一つの企業による単独開発というわけではない。
南船橋の特徴は、こうした異なる機能や事業者を抱えながら、街としての役割を更新し続けている点にある。
もちろん、現在の姿が70年前から計画されていたわけではない。船橋ヘルスセンターの閉園も、ザウスの撤退も、それぞれの時代の事業環境によって生じたものだ。しかし、その都度土地の用途を見直し、新たな施設を生み出してきたことが、現在の南船橋を形成している。
ディズニーランドは世界観を維持しながら、新しい体験を付け加えることで成長してきた。一方、南船橋は街の機能そのものを入れ替えながら成長してきた。両者は異なる開発だが、人々が訪れる理由を更新し続けるという点では共通している。
三井不動産は今、商業施設を所有・運営するだけでなく、興行を誘致し、コンテンツを生み出し、街に人を呼び込む仕組みそのものを事業に取り込み始めている。
船橋ヘルスセンターから70年。南船橋が示しているのは、完成した街の姿ではない。完成形を固定せず、時代に合わせて人が集まる理由を変え続けることこそ、長期的な都市開発の価値なのではないだろうか。



