百貨店の共用部は「通路」から「体験」へ──松坂屋名古屋店、船場が手がけた共創型空間リニューアルが完了
松坂屋名古屋店が進めてきた本館フロア共用部の大規模リニューアルが、この7月に最終段階を迎えた。手がけたのは、空間プロデュースを専門とする株式会社船場。今回のプロジェクトでは、3階から8階にわたるエスカレーター周辺の共用部を対象に、空間の「過ごし方」そのものを問い直す再設計が行われた。
このリニューアルの核心にあるのは、「共用部の再定義」である。従来、商業施設の共用部はあくまで動線として設けられた存在であり、売場やテナントの補助的な位置づけに過ぎなかった。しかし、今回の取り組みでは、共用部を空間的な余白としてではなく、“施設のメッセージを伝える主役のひとつ”として捉え直している点に特徴がある。
松坂屋名古屋店は、現在地に店舗を構えて100周年を迎える節目にあり、これを機に「クリエイティビティの表現」と「地域との共創」を軸とした空間価値の再構築を図ってきた。船場はこの構想を空間設計に落とし込み、商業施設の中で「居ること」に意味を持たせるデザインを追求。愛知県を中心とする地元クリエイターと連携し、伝統工芸の有松絞や、廃棄予定だったチラシ・古家具・従業員の古着などを素材として再活用するアップサイクルの手法を導入した。
例えば5階では、館内で発生するチラシやターポリン広告を再加工し家具に転用。6階では、有松絞を用いた照明演出が空間全体に柔らかな印象を与える。7階では、従業員の古着を再構成して家具をリメイクするなど、従来の商業施設では見られなかった試みが各階にちりばめられている。これらの素材の持つストーリーやテクスチャーが来場者の感性を刺激し、単なる“待ち時間の場”を“共感や発見の場”へと変えている。
今回のプロジェクトは、来館者の体験価値を高めるだけでなく、百貨店という業態が目指す次の100年の方向性を象徴するものといえる。販売を主目的としない共用部が、地域文化や企業理念を可視化し、顧客との静かな対話の場となる。その意味で、商業施設における共用部の役割は、いま大きな転換点に差しかかっている。
空間づくりの担い手である船場にとっても、本プロジェクトはエシカルデザインを基軸に据えた空間提案の実証事例となった。単なる装飾や演出ではなく、サステナビリティや地域性、企業の文化的背景までも統合した空間開発が、今後の商業施設に求められる新たな基準になることを、今回のリニューアルは静かに示している。以下、画像を株式会社船場のプレスリリースから引用。